BluePrint | 株式会社MIXI 取締役CFO 島村 恒平 氏

更新日 2026.06.12
公開日 2026.05.26
転職成功者インタビュー キャリア戦略
インタビュー画像_MIXI島村氏

『BluePrint』 – すなわち「青写真」。

デロイト トーマツ ヒューマンリソース(DTHR)が転職支援をさせていただいた、優れたリーダーたちの頭脳に宿る「未来から逆算したキャリア設計」を紐解く連載企画です。

記念すべき第一回は、株式会社MIXIの取締役 上級執行役員 CFO、島村恒平氏。10年前、急成長の“カオス”にあったMIXIへ、彼はなぜ飛び込むことを選んだのか。その意思決定の原点には、新卒時代から描き続けてきた一つの「青写真」がありました。幾度の転機を乗り越えてきた、彼のキャリア戦略に迫ります。

島村 恒平(Kohei Shimamura)
株式会社MIXI 取締役 上級執行役員 CFO 人事本部 / 経営推進本部 / コーポレートファイナンス本部担当

音楽配信会社、コンサルティングファーム等を経て、2016年4月株式会社ミクシィ(現 株式会社MIXI)に入社。経営推進本部経営企画室にて事業支援、経営管理、M&A推進等に従事。2017年10月経営企画室の室長に就任。2019年4月より経営企画本部長として、経営管理部門を統括。 2020年4月、同社執行役員経営推進本部長就任。2023年4月、同社上級執行役員CFO就任。2025年6月より、同社取締役 上級執行役員 CFO(現任)。

キャリアの夜明け。テレビ局志望だった自分が、経営企画の面白さに目覚めた日

インタビュー画像2_MIXI島村氏

島村さんは2016年にMIXIに入社されてから、今年(取材日時点)でちょうど10年ですね。今でこそCFOとして経営の中枢を担っておられますが、キャリアのスタートは全く違うところにあったと伺いました。

島村氏
はい。学生時代はテレビ局や出版社を目指していて、とにかくメディア業界で働きたかったんです。でも、軒並み選考に落ちてしまって(笑)。そんな中、有線放送というメディア事業を手掛けていたUSEN(現U-NEXT HOLDINGS)にご縁があって入社しました。

制作の部署を希望していたのですが、配属されたのは経営企画。どうやら人手が足りていなかったらしく、新卒の配属としてはかなり異例だったようです。

希望とは違う配属。正直、当時はどう思われましたか?

島村氏
はじめは「いつ辞めようか」と本気で考えていましたね(笑)。細かい数字の仕事は好きではなかったですし、Excelの使い方もおぼつかない。仕事がまったく面白くなかったんです。

ただ、僕がいたのが取締役直属のチームで、経営陣と話す機会がとにかく多かった。予算と実績のズレを分析してレポートすると、取締役から「島村、そういうことじゃないんだよ」と直接フィードバックをもらえたり。

そうやって日々やり取りする中で可愛がってもらい、会社の全体像が手に取るようにわかるようになってきて、「この仕事は面白いかもしれない」と徐々に感じるようになりました。

そのプロセスで、仕事が「自分ごと」になっていったと。

島村氏
そうですね。2年目くらいには「自分、ちゃんと成果を出せているんじゃないか」という感覚が芽生え始めました。会社のことがわかる。アドバイスもできるようになる。この仕事は面白いぞ、と。そして何より大きかったのが、直属の上司だった取締役の存在です。

当時30代で公認会計士のCFOだったのですが、その姿に強く憧れて、「自分もいつかこうなりたい」と。僕の社会人人生における最初の「青写真」は、その人の背中を追いかけるところから始まったように感じますね。

武者修行の時代。コンサル、そしてグリーへ

経営企画の面白さに目覚め、4年ほど経験を積まれた後に、今度はコンサルティングファームへ移られますね。

島村氏
はい。事業会社で仕事をする中で、課題解決のためのフレームワーク、例えば3C分析やSWOT分析といった“型”をきちんと学びたいと思うようになったんです。独学では限界があると感じ、教科書的に学んで実践で使えるようにしたかった。それでコンサルティングファームに転職しました。

そして、再び事業会社へ。なぜグリーを選び、当時はどんなお仕事をされていたんですか?

島村氏
コンサルとして4年ほど働く中で、再び事業の当事者としてキャリアを積みたいと考え、事業会社を見ていました。1社目の話もそうですが、もともとエンタメ領域への関心が高かったこともあり、当時まさに成長軌道にあったグリーを選んだ格好ですね。

グリーでは、経営企画や新規事業の創出・管理などを担当していました。『釣り★スタ』や『探検ドリランド』といったゲームが大ヒットして、会社が凄まじい勢いで成長していく、その真っ只中にいました。この時の経験が、後のキャリアにとって非常に重要な意味を持つことになります。

キャリアの再起を誓った30代の転機

インタビュー画像3_MIXI島村氏

グリーさんのあと、すぐにMIXIさんへ移られたのですか?

島村氏
実はグリーのあと、電子チケットのベンチャー企業へ転職しました。当時は周囲でも起業する人が多く、僕自身も「もっと小さな会社を上場させるような経験がしたい」という夢を持っていました。ですが、その会社は残念ながら資金難に陥り、事業を売却することに。

その後、知人の紹介で一時的に別の会社でお手伝いをしていたのですが、自分の中では「キャリアプランが一度崩れてしまった」という感覚がありました。

人生の大きなターニングポイントだったのですね。

島村氏
はい。ちょうど結婚という節目も重なりました。「このままではいけない。自分の人生、ちゃんともう一度やり直そう」と。そう決意して臨んだのが、MIXIへの転職活動でした。もう一度、勢いのある会社に身を置きたかった。

僕の持論ですが、ニュースに出るような、世の中を騒がせている会社じゃないと、バックオフィスは面白い経験ができないんです。安定して完成された会社では、チャレンジする機会は生まれない。失敗させてくれる度量のある、勢いのある会社に身を置かなければダメだ、と。

「このカオスは、見たことがある」。MIXIに感じた再現性という勝算

転職活動では、MIXIの他にもいくつかメガベンチャー等を選択肢に入れていたと伺いました。どのように比較検討を?

島村氏
「自分の経験を最もアウトプットでき、かつ自分自身も最も吸収できる会社はどこか」という軸で見ていました。

他に見ていた企業はどこも魅力的な環境に映りましたが、少し組織が完成されすぎている印象があったり、僕の強みとは異なるゴリゴリのファイナンススキルを持つ方を求めているように感じたり。僕が貢献できる領域とは少し違うな、と思いながらも、MIXIと並行してお話を進めていました。
インタビュー画像4_MIXI島村氏

当時のMIXIに、どのような可能性を見出したのですか。

島村氏
当時のMIXIは、「モンスターストライク」の大ヒットでキャッシュが急増していました。その一方で、SNS「mixi」が縮小した際にはきっと多くの人材が流出していて、体制面は大丈夫なのだろうか?もしかしたらコーポレート部門はかなり厳しい状態なのではないか?と推察しました。

急激な事業の成功に、管理体制が全く追いついていない。投資判断基準も、撤退判断基準も、下手をすればワークフローさえ整備できていないかもしれない。事業部間の力関係が崩れ、会議では特定事業部の発言力が強くなっているのでは…。外から見える情報だけでも、中の課題が手に取るように想像できたんです。

なぜ、そのカオスな状況をそれほどポジティブに捉えられたのでしょうか?

島村氏
「この状況、見たことがある」と思ったからです。それこそ、グリーで経験した、急成長に伴うカオスそのものでした。

僕にとっては、あの状況をもう一度「リプレイ」できる環境に見えた。このカオスなら乗りこなし方を知っている。組織をどう整え、どこにメスを入れれば機能するようになるか、かなり具体的にイメージできる。この「再現性」こそが、僕がMIXIに感じた最大の勝算でした。

MIXIには一度「落ちた」?転職活動の舞台裏

その転職活動を伴走したのが、当社の高本だったわけですね。

島村氏
そうです。実はMIXIの選考、一度落ちているんですよ。

え、そうなんですか!?

島村氏
はい(笑)。当時の担当役員は「もっと若くて色のついていない人材」を求めていたようで。一方で、経営企画の室長は「マネジメント経験がある即戦力が必要だ」と考えてくださっていた。二人の間で意見が割れ、一度は不採用になりました。「理想的な環境だと思ったのに、どうしようか…」と、仕切り直しかと途方に暮れていたんです。

それは「もうダメか」と思いますよね…。そこからどうやって挽回したのですか。

島村氏
タイミング良くと言ってしまってはなんですが、その役員が担当から外れることになったんです。そこで室長が「やはり、もう一度あの人に声をかけよう」と動いてくださり、高本さん経由で「実は…」と連絡が来ました。「もう喜んで!」と即答でしたね。

まさにドラマのような展開ですね。一連の活動の中で、エージェントである高本はどのような役割を果たしたのでしょう。

島村氏
今考えると、単に求人票に僕をマッチングさせただけではないはずです。僕の経歴を見て「こういう面白い人材がいるのですが、どこかで活かせませんか?」と、MIXI側にポジションそのものを提案しにいってくれたのではないかと。

なるほど。振り返ると、当時の高本は島村さんの目にどう映っていましたか?

島村氏
彼は、「言語化できていないニーズ」を汲み取る力が非常に高い。僕が口にする条件だけでなく、僕のキャリアやスキルの本質を理解して「島村さんにはここが合っている」と示唆してくれました。

単に「グリーにいたからMIXIもいける」のような考えで提案してくれた訳ではなかったんですよね。企業のフェーズや抱えている課題の本質を見抜いた上で、先に述べたようなカオス感のある状況を、きっと島村なら楽しんでくれる、組織も今まさにそういう人を求めているはず、といった思考があったのだと思います。

入社、そして変革の10年。「やりたいことは100%できている」

インタビュー画像5_MIXI島村氏

そして2016年4月、満を持してMIXIに入社されます。入ってみて、その「カオスだろう」というご自身の仮説は正しかったですか?

島村氏
100%正しかったですね(笑)。ただ、面白いことに、入社直後は驚くほど仕事がなかったんです。「なんで俺、採用されたんだろう…」と同日入社の奥山(現・上級執行役員)と飲みながら本気で悩んでいました。

今思えば、あれは会社からの「お前は何ができるんだ?」という問いだったのでしょう。指示待ちではなく、自ら課題を見つけ、仕事を創り出せる人間を求めていたんだと。そこで「こういう課題があるのでは」「この制度をこう変えませんか」と提案すれば、面白いように任せてもらえました。

具体的にはどのような改革を?

島村氏
予算の作り方を根本から変えたことですね。昔のMIXIは典型的なボトムアップで、各部署から出てきた数字をただ集計するだけ。それでは経営の意思が全く反映されない。僕はそこに、トップダウンの戦略と、ボトムアップの現場の思いを融合させるプロセスを導入しました。

まず経営陣が「会社はここに向かうんだ」という大きな戦略目標を決め、それを現場に下ろす。そして、現場の思いやアイデアとすり合わせながら、時間をかけて議論する。そうして初めて、全員が「そうだよね」と納得できる予算が出来上がる。

グリーさんでの経験がまさに「リプレイ」されたわけですね。

島村氏
はい。グリーで学んだやり方を、MIXIのカルチャーに合わせて実装した形です。他にも、東証一部へ市場変更するプロジェクトを推進したり。振り返ってみれば、入社前に思い描いていた「やりたいこと」は100%できたと思います。

CFOのその先へ。未来に描く、新たな設計図

インタビュー画像6_MIXI島村氏

会社の仕組みづくりを牽引されてきた島村さんが、次に見据えている「青写真」はどのようなものでしょうか。

島村氏
これまで会社の仕組みづくり、特に経営管理の領域をずっと見てきましたが、そこは一つの区切りがついたと感じています。今、僕が一番向き合いたいのは「ヒト」、つまり人事の領域です。

経営資源は「ヒト・モノ・カネ」と言いますが、ソフトウェアが主体の当社で実質的に重要なのは「ヒト」と「カネ」。その「ヒト」の領域が、長らく大きな変革がなされてこなかった。ここを整備することが目下の目標です。

ご自身のキャリアについては、どう描かれていますか?

島村氏
最近、経済同友会などで目上の経営者の方々と話していると、彼らは自分の会社のことだけではなく「日本をどうしていくか」という視座で物事を語るんです。その姿に触発され、僕もMIXIという枠を超えて、業界や社会に良い影響を与えられる存在になりたいと強く思うようになりました。

一言で言えば「経営者としての格を上げたい」。そのために、この4月から大学院に通って学び直しも始めています。

自分の会社の名前を主語にして話すのではなく、次の世代のために、社会のために何ができるかを語れる経営者になるのが、僕の次の青写真です。

ありがとうございます。最後に、この企画ならではの“if”の質問をさせてください。もし、あの日MIXIに入社していなかったとしたら、この10年、どんなキャリアを歩んでいたと思いますか?

島村氏
…おそらく、MIXIのような勢いのある会社を選んでいたとは思います。完成された大企業ではなく、成長の歪みがあって、カオスで、自分が介入する余地が大きい会社。結局、僕はそういう場所で自分の力を試すことに、一番やりがいを感じるんだと思います。だから、描く設計図そのものは、きっと同じだったはずです。

選んだ道は違えど、描く設計図は同じだった、と。その青写真が現実のものとなったこのMIXIでの10年間は、今振り返るとどのような時間だったのでしょうか。

島村氏
冒頭も申し上げましたが、本当に濃密で、あっという間の10年間でした。会社の成長フェーズと、自分自身のライフイベント──特に子どもの誕生と成長が重なっていたこともあり、仕事と家庭の両面で非常に大きな変化を経験した10年だったと思います。

当社には、キャリアを諦めることなく育児とも向き合える風土があります。だからこそ、会社の成長にも貢献しながら、親としての時間もしっかり持つことができた。その点は非常によかったと感じています。

会社の成長とご自身の人生が深く結びついた、本当に濃密な10年間だったのですね。その先に待つMIXI社の新たな展開と、島村さんご自身の次なる挑戦を、心より楽しみにしております。本日は貴重なお話を本当にありがとうございました。

インタビュー画像7_MIXI島村氏

Photo 長田 慶

SIGN UP

非公開案件も多数。他にはない「出会い」をつくります。

デロイト トーマツ グループのネットワークから届く案件をさらに厳選し、定着率99%のマッチングを実現します。

3分で登録完了!
無料会員登録