『BluePrint』 – すなわち「青写真」。
デロイト トーマツ ヒューマンリソース(DTHR)が転職支援をさせていただいた、優れたリーダーたちの頭脳に宿る「未来から逆算したキャリア設計」を紐解く連載企画です。
記念すべき第一回は、株式会社MIXIの取締役 上級執行役員 CFO、島村恒平氏。10年前、急成長の“カオス”にあったMIXIへ、彼はなぜ飛び込むことを選んだのか。その意思決定の原点には、新卒時代から描き続けてきた一つの「青写真」がありました。幾度の転機を乗り越えてきた、彼のキャリア戦略に迫ります。
島村 恒平(Kohei Shimamura)
株式会社MIXI 取締役 上級執行役員 CFO 人事本部 / 経営推進本部 / コーポレートファイナンス本部担当
音楽配信会社、コンサルティングファーム等を経て、2016年4月株式会社ミクシィ(現 株式会社MIXI)に入社。経営推進本部経営企画室にて事業支援、経営管理、M&A推進等に従事。2017年10月経営企画室の室長に就任。2019年4月より経営企画本部長として、経営管理部門を統括。 2020年4月、同社執行役員経営推進本部長就任。2023年4月、同社上級執行役員CFO就任。2025年6月より、同社取締役 上級執行役員 CFO(現任)。
キャリアの夜明け。テレビ局志望だった自分が、経営企画の面白さに目覚めた日

島村さんは2016年にMIXIに入社されてから、今年(取材日時点)でちょうど10年ですね。今でこそCFOとして経営の中枢を担っておられますが、キャリアのスタートは全く違うところにあったと伺いました。
制作の部署を希望していたのですが、配属されたのは経営企画。どうやら人手が足りていなかったらしく、新卒の配属としてはかなり異例だったようです。
希望とは違う配属。正直、当時はどう思われましたか?
ただ、僕がいたのが取締役直属のチームで、経営陣と話す機会がとにかく多かった。予算と実績のズレを分析してレポートすると、取締役から「島村、そういうことじゃないんだよ」と直接フィードバックをもらえたり。
そうやって日々やり取りする中で可愛がってもらい、会社の全体像が手に取るようにわかるようになってきて、「この仕事は面白いかもしれない」と徐々に感じるようになりました。
そのプロセスで、仕事が「自分ごと」になっていったと。
当時30代で公認会計士のCFOだったのですが、その姿に強く憧れて、「自分もいつかこうなりたい」と。僕の社会人人生における最初の「青写真」は、その人の背中を追いかけるところから始まったように感じますね。
武者修行の時代。コンサル、そしてグリーへ
経営企画の面白さに目覚め、4年ほど経験を積まれた後に、今度はコンサルティングファームへ移られますね。
そして、再び事業会社へ。なぜグリーを選び、当時はどんなお仕事をされていたんですか?
グリーでは、経営企画や新規事業の創出・管理などを担当していました。『釣り★スタ』や『探検ドリランド』といったゲームが大ヒットして、会社が凄まじい勢いで成長していく、その真っ只中にいました。この時の経験が、後のキャリアにとって非常に重要な意味を持つことになります。
キャリアの再起を誓った30代の転機

グリーさんのあと、すぐにMIXIさんへ移られたのですか?
その後、知人の紹介で一時的に別の会社でお手伝いをしていたのですが、自分の中では「キャリアプランが一度崩れてしまった」という感覚がありました。
人生の大きなターニングポイントだったのですね。
僕の持論ですが、ニュースに出るような、世の中を騒がせている会社じゃないと、バックオフィスは面白い経験ができないんです。安定して完成された会社では、チャレンジする機会は生まれない。失敗させてくれる度量のある、勢いのある会社に身を置かなければダメだ、と。
「このカオスは、見たことがある」。MIXIに感じた再現性という勝算
転職活動では、MIXIの他にもいくつかメガベンチャー等を選択肢に入れていたと伺いました。どのように比較検討を?
他に見ていた企業はどこも魅力的な環境に映りましたが、少し組織が完成されすぎている印象があったり、僕の強みとは異なるゴリゴリのファイナンススキルを持つ方を求めているように感じたり。僕が貢献できる領域とは少し違うな、と思いながらも、MIXIと並行してお話を進めていました。

当時のMIXIに、どのような可能性を見出したのですか。
急激な事業の成功に、管理体制が全く追いついていない。投資判断基準も、撤退判断基準も、下手をすればワークフローさえ整備できていないかもしれない。事業部間の力関係が崩れ、会議では特定事業部の発言力が強くなっているのでは…。外から見える情報だけでも、中の課題が手に取るように想像できたんです。
なぜ、そのカオスな状況をそれほどポジティブに捉えられたのでしょうか?
僕にとっては、あの状況をもう一度「リプレイ」できる環境に見えた。このカオスなら乗りこなし方を知っている。組織をどう整え、どこにメスを入れれば機能するようになるか、かなり具体的にイメージできる。この「再現性」こそが、僕がMIXIに感じた最大の勝算でした。
MIXIには一度「落ちた」?転職活動の舞台裏
その転職活動を伴走したのが、当社の高本だったわけですね。
え、そうなんですか!?
それは「もうダメか」と思いますよね…。そこからどうやって挽回したのですか。
まさにドラマのような展開ですね。一連の活動の中で、エージェントである高本はどのような役割を果たしたのでしょう。
なるほど。振り返ると、当時の高本は島村さんの目にどう映っていましたか?
単に「グリーにいたからMIXIもいける」のような考えで提案してくれた訳ではなかったんですよね。企業のフェーズや抱えている課題の本質を見抜いた上で、先に述べたようなカオス感のある状況を、きっと島村なら楽しんでくれる、組織も今まさにそういう人を求めているはず、といった思考があったのだと思います。
入社、そして変革の10年。「やりたいことは100%できている」

そして2016年4月、満を持してMIXIに入社されます。入ってみて、その「カオスだろう」というご自身の仮説は正しかったですか?
今思えば、あれは会社からの「お前は何ができるんだ?」という問いだったのでしょう。指示待ちではなく、自ら課題を見つけ、仕事を創り出せる人間を求めていたんだと。そこで「こういう課題があるのでは」「この制度をこう変えませんか」と提案すれば、面白いように任せてもらえました。
具体的にはどのような改革を?
まず経営陣が「会社はここに向かうんだ」という大きな戦略目標を決め、それを現場に下ろす。そして、現場の思いやアイデアとすり合わせながら、時間をかけて議論する。そうして初めて、全員が「そうだよね」と納得できる予算が出来上がる。
グリーさんでの経験がまさに「リプレイ」されたわけですね。
CFOのその先へ。未来に描く、新たな設計図

会社の仕組みづくりを牽引されてきた島村さんが、次に見据えている「青写真」はどのようなものでしょうか。
経営資源は「ヒト・モノ・カネ」と言いますが、ソフトウェアが主体の当社で実質的に重要なのは「ヒト」と「カネ」。その「ヒト」の領域が、長らく大きな変革がなされてこなかった。ここを整備することが目下の目標です。
ご自身のキャリアについては、どう描かれていますか?
一言で言えば「経営者としての格を上げたい」。そのために、この4月から大学院に通って学び直しも始めています。
自分の会社の名前を主語にして話すのではなく、次の世代のために、社会のために何ができるかを語れる経営者になるのが、僕の次の青写真です。
ありがとうございます。最後に、この企画ならではの“if”の質問をさせてください。もし、あの日MIXIに入社していなかったとしたら、この10年、どんなキャリアを歩んでいたと思いますか?
選んだ道は違えど、描く設計図は同じだった、と。その青写真が現実のものとなったこのMIXIでの10年間は、今振り返るとどのような時間だったのでしょうか。
当社には、キャリアを諦めることなく育児とも向き合える風土があります。だからこそ、会社の成長にも貢献しながら、親としての時間もしっかり持つことができた。その点は非常によかったと感じています。
会社の成長とご自身の人生が深く結びついた、本当に濃密な10年間だったのですね。その先に待つMIXI社の新たな展開と、島村さんご自身の次なる挑戦を、心より楽しみにしております。本日は貴重なお話を本当にありがとうございました。

Photo 長田 慶